キラー通りの名前の由来
青山には様々な名前の付いた通りがあります。「キラー通り」「骨董通り」などなど。まずは「キラー通り」から。
この名前が生まれたのは、今から30年程前、団塊世代の方には懐かしい「VAN」が産声をあげた頃の事で、当時から既に頭角を現わしていたファッションデザイナーのコシノジュンコさんが名付け親なのだそうです。外苑前にあったご自身のブティックを南青山4丁目の外苑西通沿いに移したのですが、その当時、通りにはまだ名前(愛称)が無かったのだそうです。この通りは東京オリンピックの時に出来た(拡幅工事のようです)通りです。「外苑西通り」という名称の他に、かつて「環状4号線」という名前を聞いたような記憶もあります。
ここにブティックを移したコシノジュンコさんは、一種の「ノリ」で名前を付けられたらしいのでが、何故「キラー」なのか。ここが興味深いところです。
ご本人にインタビューした訳ではないので確かな事は言えませんが、向側は青山墓地。そして70年頃といえば、「ピンキーとキラーズ」を思い出しますが、これが無縁であったとは思えません。
また当時はこの通り、青山三丁目から霞町まで信号機が一つもなく、カミナリ族やら車でスピードを競い合う若者達がビュンビュン走り回り、それこそ事故も多かったと聞きます。そんなこの通りを、一流のウイットをもって名付けるとしたら「キラー」の名前が出て来ても何ら不思議は無いと思います。ただ、ある雑誌で読んだ記憶によりますと、コシノジュンコさんが名付けられたのは「キラーストリート」であって、それが何時の間にか「キラー通り」と日本語的名称になってしまったというのが、本当のところのようです。
一方別の話として、これは全く不確かな「また聞き」情報ですが、この通りでは飲食店やブティックが出来ては消え出来ては消えしたため、ここに店を出すと必ず潰れるというまことしやかな噂が噂を呼んで、いつしか誰がいうとも無く「キラー通り」と呼ばれるようになった‥‥と。
前述のコシノジュンコさんの話が本当で、これは眉唾ものの話ですが、言われてみれば「なる程…」と思いたくなるのがこの手のお話。あながちデタラメとも言えないのかも知れませんね。
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